横浜地方裁判所 平成7年(ワ)3631号 判決 1997年4月24日
原告 国
代理人 本田敦子 鈴木一博 加藤正一 西田勝文 ほか五名
被告 甲野一郎(仮名)
主文
一 被告は、原告に対し、一二六万〇三一二円及びこれに対する平成五年一一月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要等
本件は、自賠法三条に基づき本件交通事故により被害者に生じた損害を賠償すべき責任のある被告が、加害車両につき自賠法に基づく責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者であったため、原告は被害者の請求により損害てん補金を給付し、被害者の被告に対する損害賠償請求権を取得したとして、被告に損害賠償金の支払いを求める事案である。
一 争いのない事実
平成三年八月二五日午後八時三五分頃、横浜市港南区東芹が谷二五番一四号先路上(十字交差点)において、訴外乙田二郎(以下、乙田という)は、原動機付自転車(以下加害車両という)に、被告、訴外丙山三郎(以下、丙山という)及び訴外丁川四郎(以下、丁川という)を同乗させて運転し、前記場所に向けて直進中、折から前方交差道路を右方から左方へ進行中の訴外戊野夏子(以下、被害者という)運転の原動機付自転車(以下被害車両という)に加害車両を衝突させ、被害者に顔面骨々折、顔面裂挫創、四肢打撲、歯牙破折の傷害を負わせた。
二 争点
1 被告は運行供用者に該当するか。
2 過失相殺は認められるか
3 てん補されるべき損害と代位請求額の範囲
第三争点に対する判断
一 被告は運行供用者に該当するか。
1 <証拠略>によると、次の事実が認められる。
(一) 加害車両の所有者である訴外己山五郎(以下、己山という)は、自動車保険料率算定会横浜調査事務所の照会に対し、次のように回答した。
(1) 己山は、平成三年八月二五日午前六時頃、加害車両が盗難にあったことに気付き、同日午前一〇時頃警察署に盗難届を提出した。
(2) 盗難にあったのは、平成三年八月二五日午前〇時頃から同日午前六時頃までの間である。
(3) エンジンキーはスイッチから抜き、ハンドルをロックして自宅前の道路上に置いていた。
(二) 被告は、平成三年八月二五日正午頃、ローソン東芹が谷店の自転車置場に施錠されず、エンジンキーを使用することなくキックだけでエンジンが始動する状態で放置されている加害車両を発見し、あとでこれを窃取して乗り回すのに使用しようと思っていた。
(三) 平成三年八月二五日午後八時頃、被告は、中学の先輩である乙田らと訴外庚田(以下、庚田という)が住むアパートへ行くことになったが、歩いて行くのが億劫であったことから、前記の状態で放置されていた加害車両に乗車して庚田のアパートに向かおうと考え、被告自ら、右自転車置場へ行き加害車両を窃取して、予め乙田らと待ち合わせていた場所まで運転した。
(四) 被告は、加害車両に三人乗りするとハンドルがブレてしまうと思い、右待ち合わせ場所において、運転席から降り、乙田が被告に代わって運転することになり、被告は後部の荷台に乗って庚田のアパートに向かって走行中の平成三年八月二五日午後八時三五分頃、本件事故を惹起した。
2 被告本人の供述中、前記1の認定事実に反する部分は採用しない。
3 以上の事実によると、己山は、被告が加害車両を窃取した時点においては、既に加害車両に対する運行支配を喪失していたものであり、被告は、加害車両を乙田らと庚田のもとへ向かうという共同の目的を持って運行の用に供していたものと認められるので、自賠法三条に基づく責任を免れ得ない。
二 過失相殺は認められるか
1 被告は、被害者にも二〇パーセントの過失があり、乗車定員超過による運行は重過失として修正要素に加えるべきではない旨主張する。
2 <証拠略>によると、被害車両が走行していた道路は幅員六・二メートルあり、その中央に黄色の中央線が引かれており、加害車両が走行していた道路は、幅員四・二メートルであり、交差点の手前に一時停止の標識が設置されていること、乙田は、後部の荷台に乗った被告と運転席に乗った乙田との間に二人の合計四人を乗せて、無免許で加害車両を運転していたことが認められる。
右の事実によれば、被告と被害者の基本的な過失割合は、被告が九〇パーセント、被害者が一〇パーセントであると認められるが、被告側には、故意に比すべき無免許運転及び乗員定員超過が存するので、これを過失の修正要素として考慮すると、被告の過失は一〇〇パーセントであると認められる。無免許運転及び乗員定員超過をもって、事故とは直接の因果関係のないものとして、これを修正要素に加えるべきではないとの被告の主張は、行為者の違法性の度合いを考慮すると採用しない。
三 てん補されるべき損害
被害者が、てん補基準によっててん補されるべき損害は、<証拠略>によると、次のとおりであることが認められる。
1 傷害による損害
(一) 治療費 六万〇四〇〇円
(二) 文書料 一万三一六〇円
(三) 通院費 一万五六八〇円
(四) 雑費 一万七五〇〇円
以上の損害合計は、一〇万六七四〇円となるが、てん補基準に基づく傷害による損害の法定限度額一二〇万円から賠償責任者らの支払額一一九万九九四四円及び健康保険からの給付額六九万九九五四円を控除すると、被害者に右基準に基づきてん補すべき損害は存しない。
被害者が支払いを受けた健康保険給付は、治療費として支払われたものであるから、その全額が傷害による損害に充てられるべきであるから、傷害による損害にかかるてん補額から控除される。
2 後遺障害による損害
(一) 逸失利益 七一八万六六二八円
(二) 慰藉料 五一万五八〇〇円
以上の損害合計は、七七〇万二四二八円となるが、てん補基準に基づく後遺障害第一一級の法定保障限度額三三一万円を超えるため、右基準に基づき、右法定保障限度額三三一万円から被告以外の賠償責任者らの支払額七九万四二〇〇円を控除した二五一万五八〇〇円が、右基準による後遺障害による損害である。
3 <証拠略>によると、加害者らは被害者に対し合計二一七万九一五〇円を支払ったこと、右金員の支払いの趣旨は次のとおりであること、すなわち、一八万五〇〇六円は物的損害をてん補する趣旨で支払われたこと、七〇万四一四四円は治療費、文書料、通院交通費をてん補する趣旨で支払われ、その性質上、傷害による損害のてん補と評価されること、一二九万円はまず傷害による慰藉料、次いで後遺障害をそれぞれてん補する趣旨で支払われたこと、右各金員は、それぞれ支払趣旨に応じた損害てん補であると認められる。
四 原告の代位請求権の取得
<証拠略>によると、被告は、加害車両につき自賠法に基づく責任保険の被保険者及び責任共済の被共済者以外の者であったこと、原告は、被害者の請求により、平成五年一〇月四日、被害者に対し、政府の保障事業の業務受託会社である安田火災海上保険株式会社(以下、保険会社という)を通じて、損害てん補金二五一万五八〇〇円を給付し、原告は、同月二九日、保険会社に右同額の金員を支払ったことが認められ、その結果、原告は、自賠法七六条一項に基づき、右給付額を限度として、被害者が被告に対して有する損害賠償請求権を取得した。
五 賠償責任者による一部弁済と原告の代位請求額
1 被告及び乙田は、前記のとおり、本件事故によって生じた損害を連帯して賠償するべき義務を負うものであるところ、<証拠略>によれば、乙田は、平成五年一一月五日、一二五万七九〇〇円を弁済したことが認められる。
2 原告は、前記1の金員のうち、二四一二円を原告が保険会社にてん補金を支払った日の翌日である平成五年一〇月三〇日から弁済を受けた日までの延滞金に充当し、残額一二五万五四八八円を元本二五一万五八〇〇円に充当した結果、原告の被告に対する損害賠償債権の元本残額は、一二六万〇三一二円となった。
六 被告の主張に対する判断
1 交通事故に起因する損害は一個であるから、原告が代位請求できる金額は、支払済みの被害弁償金を治療費、慰藉料、逸失利益などの損害項目に割り付けずに、一体の損害に対するものとして計算されるべきであるとして、原告が本件において行った加害者賠償額の控除方法によっててん補される損害は失当であると主張する。
2 しかしながら、自賠法七二条一項に基づく損害てん補請求権は、社会保障政策上の見地から特に認められた公法上の権利であって、不法行為に基づく私法上の損害賠償請求権とは性質を異にするものであるから、後者に関する加害者賠償額の控除方法、すなわち、加害者賠償額は費目指定にかかわらず一体の損害に対する弁済として計算されるという控除方法が、前者にも当然に妥当するとは限らず、自賠法七二条一項に基づく損害てん補額から加害者賠償額をどのように控除するかは、自賠法による損害てん補の内容、趣旨目的に照らして定められるべきである。
自賠法は、交通事故により身体傷害を受けた被害者の救済を目的として、保険金請求権(自賠法一五条)、損害賠償額請求権(同法一六条一項)、てん補請求権(同法七二条一項)の制度を設けた趣旨から、右の各権利は、人的損害である限り、それが財産的損害、精神的損害のいずれであるか、また財産的損害のうち積極損害、消極損害のいずれであるかを問わず、一般にそのてん補を保障しようとするものであるが、右の各権利は右保障を被害者の人的損害のすべてに及ぼす趣旨ではなく、いずれも、政令で定める金額の限度において、「傷害による損害」、「後遺障害による損害」、「死亡による損害」という各損害区分に属する損害ごとに所定の限度での損害てん補を保障する趣旨であり、損害区分相互間における保険金額(限度額)の流用は認められない。
自賠法による損害てん補の趣旨が右のとおりであることから判断すると、加害者賠償額をどのように控除するかは、これが人的損害、物的損害のいずれにかかるものか、人的損害の中でも「傷害による損害」、「後遺障害による損害」、「死亡による損害」のいずれに属する損害かを特定した上で、当該区分にかかるてん補額から控除することが自賠法の趣旨に照らし相当であると認められる。
以上によれば、自賠法七二条一項に基づく損害てん補額から加害者賠償額を控除するについては、原告の行った控除方法が相当であると認められ、被告が主張するように、費目指定にかかわらず一体の損害に対する弁済として計算されるという控除方法は相当でないからこれを採用することはできない。
3 <証拠略>によると、被告らから治療費等の支払い項目で支払われた四〇万円のうち、一八万五〇〇六円は物的損害をてん補する趣旨であることが認められ、したがって、これを人的損害のてん補とみなして、てん補額から控除することはできない。この点、被告は、運転者以外の賠償責任者については自賠法の適用がないことを根拠として、「運転者である乙田以外の被告らについて、仮に物的損害に対する支払いがなされたとしても、非債弁済であり、人的損害に対する弁済と見なされる」と主張する。しかし、物的損害のてん補として支払われたことは前記のとおりである以上、仮に乙田以外の者が支払ったとしても、第三者弁済にすぎず、人的損害のてん補と見なすことはできないので、被告の主張は理由がない。
(裁判官 日野忠和)